想い

## 私たちの想い 私たちは、子ども達がのびのびと育つこと、孤立した親子がゼロになることを願い、仙台・宮城を拠点に活動しています。 学校、家庭、フリースクール、オルタナティブスクール、オンラインなど、子どもの居場所は多種多様です。子どもは、学校でも学校以外でも、様々なツールとやり方で学んでいくことができます。 「子ども自身が居場所・学び場を自由に選べる」のは「子どもの当然の権利」です。そのことが諸外国と同様に日本社会にも常識として浸透し、よりしなやかな教育環境が育まれていくことを願っています。 学校でも子ども達の想いに寄り添った細やかな配慮がされ、どんな子どもも「喜んで行きたい!」と思えるような魅力的な場所になるように、私たちが子ども達の代弁者・通訳者・橋渡し役となり、教員や教育行政の皆さんにとっても助けとなるような活動をしていきたいと思っています。 ## 私たちの理念 森は、多種多様な木があることで強くなります。多様性あふれる子ども達を育てるために、学びと遊びが保障されるよう、民間の力を生かして、行政や学校現場にも良い影響を与えられるよう、私たちは活動していきたいと思っています。 皆さま、応援をよろしくお願いいたします。 ## 代表・武山理恵からのメッセージ こんにちは。代表の武山です。 今から20数年前、中学2年生だった私は、突然、学校に行かずに川に通い始めました。 後に親の知れる所となり、学校に行かない事を責められました。何とか行かせようとする母との布団をかぶってのせめぎあい。父に家から引きずり出され。出口のないトンネルか迷路をさまよっているようでした。 理由を聞かれても、親の納得する理由をうまく説明できません。行きたい理由がむしろ、ない。 勉強はできる方でしたが、それは学校では仇となり、授業が暇すぎて4月に教科書を読み終わってしまい、残りの11か月は **「私は何のためにここに座っていなければならないのだろう」「何のために生きているのだろう」「どうして着るものの自由がないんだろう」** 全てを疑問に感じながらも、教室にただ空気のように存在しなければなりませんでした。 部活ではヤンキーの先輩にいびられ、友達はどこのグループに入るかや陰口の言い合い…。私にとって中学校は行くだけで緊張し疲弊する場でした。そして、1年半でぷっつりと糸が切れてしまったのです。 その後、信頼できる先生やカウンセラーさんのサポートを受け、遠くまで自習塾に通い(ほかの人の迷惑にならなければ何を勉強してもいい、という、今思えばフリースクールのような居場所でした)、紆余曲折を経て学校に戻り、高校大学に進学しました。 それが自由を得るため、地元、北海道の田舎から逃げるための手段でした。でも、学校には納得していなかった。 **「どうしてこんなに学校に行かない事で私は責められなければならなかったんだろう。私が悪かったのだろうか。」** そのモヤモヤはずっと晴れませんでした。 **「自分が受けたのとは、違った教育を見てみたい」** と思いました。 仙台の教育大に入り特別支援教育について学びました。幼稚園・小学校・盲学校と、3度も教育実習に行きました。行ってみて体感したのは、今の日本の学校の中では特に、どうしても「大人の都合で子どもを動かす」のを「良し」とするシステムになっていること。それを疑問に思わない社会があるということ。一人一人に寄り添いたいと思う教員ほど、キャパオーバーし、心病んでしまうこと。 **「不登校は子どものせいではない」** という事がよくわかった経験でした。 特別支援の現場では、時に訪問や一対一などの手厚さでサポートを受けられている子どもを見て、理想的な教育だと思う場面もありました。しかし、モヤモヤが私の中には残っていました。かたや不登校の子どもに対しては、 **「学校に来られない子どもが悪い。あとは家庭で自己責任でやってくれ」** そう言わんばかりの扱いが、日本の公教育の現実です。 障害と呼ばれるハンディがない、そして子ども達自身にも落ち度がないのに、ほとんど学びの保障も受けられなくなるのはどう説明したらいいのだろう… その「教育の不平等さ」に、モヤモヤしたのです。 そんな折、たまたま宮城県松島市で「登校拒否を考える会 全国合宿」が行われ、参加する事ができ、全国からのたくさんの不登校当事者仲間に出会いました。 一言で不登校と言っても、そこにいたのは、私のように自己肯定感が損なわれビクビクしている子どもだけではありませんでした。自律的に動いてイベントを取り仕切っている子ども達。学校に行ってただ受け身に過ごしている子よりも遥かに、大人でした。その生き生きとした姿を見て、カルチャーショックを受けました。 学校に行かなくても、「自分はOK!」と思える子どももいるし、それを支えてくれる場所も世の中にはあるのだと。それが、フリースクールや居場所との出会いでした。 年単位の不登校の子もたくさんいましたが、小学校に1日だけ行って後はすべて家などで過ごしてきた友達が、その後、某有名大学の大学院へ進学しました。 **「人はいつからでも学べる」** ・ **「必要な時に必要な学びがある」** ということ。彼の姿などから、いろんな学び方や、学ぶ場所があり、それを選べる自由が必要で、多様性の保障がとても大事だということを確信しました。 その合宿がきっかけで、東京にあるフリースクールなどに見学に行ったり、不登校業界に足を踏み入れ、フリースクールを自分で作ることも考えましたが、その運営の大変さを知りました。まずは自分の考え方や経済力などの土台を固めることができていなければこの道に進む事はできないと感じました。 その後、教育とは全く関係のないIT系の仕事をし、結婚、出産。自分でも考えてもみなかった「母」という役目になり。そして、自分や周りのママ達のために子育て講座の先生を招致して講座やお茶会などを開いていく中、不登校に悩む方からのご相談やご紹介が舞い込むようになったのが2015年。 その時に皆さんのご相談を聴いて驚いたことは、 **「不登校の子ども達を取り巻く環境は、この20年ほとんど良くなっていなかった」** ということです。 **「私はこの10年~20年、何をしてきたんだろうか。」** そんな思いが生まれました。 「誰かが変えてくれるだろう」という他人任せな考えがあったことに、多少の責任を感じる所がありました。もちろん、私一人の責任というのは大変おこがましいです。でも、やっぱり、社会を変えていくには、当事者が発信し行動しなければならなかった。 何が辛くて、困っているか。どうしてほしいか。それは当事者じゃないとわからないこと、親にも先生にもわからないことが、たくさんあります。そして、それは、一人一人違います。 私一人の力は微々たる物ですが、いろんな方の助けをお借りして、そんな孤立しがち・遠慮しがちな不登校・ホームスクーラーのお子さんを支え、繋げていきたいと思っています。 森は、多種多様な木があることで強くなります。多様性あふれる子ども達を育てるために。学びと遊びが保障されるよう、民間の力を生かして、行政や学校現場にも良い影響を与えられるよう、私たちは活動していきたいと思っています。皆さま、応援をよろしくお願いいたします。